昭和44年04月10日 朝の御理解
御理解 第61節
「神より金光大神に、いつまでも尽きぬおかげを話にしておくのぞ。信心しておかげを受けたら、神心となりて人に丁寧に話をしてゆくのが、真の道を踏んで行くのぞ。金光大神が教えたことを違わぬように人に伝えて真の信心をさせるのが、神へのお礼ぞ。これが神になるのぞ。神になりても、神より上になるとは思うな。」
度々頂く御理解ですね。私今日は真の信心をさせるのが、神へのお礼ぞ是が神になるのぞと。これが神になるのぞと言う所を頂きたいと。昨夜9時の御祈念を奉仕さして頂こうと思って、御結界に就かせて頂いたら電話が掛って来た。秋永先生の所から電話がかかってきた。母がお国替えのおかげを頂きましたと申でもうあんまり突然の事でしたから、びっくりし、もうびっくりしたというよりも何と申しましょうかね。
まあおかげを受けられたと言う、私は受けた実感をそれの方が強かったんですけれども。お話を聞いとりますと、何と言うですか。おじいちゃんと一緒に銭形平次ここへか何かっちゅうのがあるねテレビで。あれをその見よったんです。したらちょっと風呂に入るよ言うてから風呂入って風呂が長いからと見に行った時には、もう倒れてからもう意識が無かったとこう言うのである心臓麻痺らしいんですよね。
それで私もう御祈念も少し早く切り上げてすぐそのまま参りまして洗礼の式が御座いますからさして貰ました。そんであちらで準備をさして頂いてから式が終わったのがもう2時でしょうかね。ここへ帰ったのが丁度3時半でしたから。それがあのもう何時も起きてる3時半でした。福岡のご信者さん方が皆んな集まって皆んな色々万端、準備をしておって下さいましたからほんとに私はその、あまりにも神ながらな。
そして神々しいまでの何ちゅうかお国替えといった感じでしたですね雰囲気から。もう例えば死に顔ひとつ見ましても、ほんとに穏やかな穏やかなね、死に顔してましたが何と申しますかね。その例えば一日早く前の日でしたらね、大変ここで困った事があったんですよ。あの丁度二十何年振りに私を北京時代の、ここで私が仲人しとった人が尋ねてまいりましてね。遅くまで居って色々事があっておりましたからね。
それからちゅうて一日遅れての今日であっても、どうにも出来なかったんですよね、私丁度お月次祭のと言う所ですから。もうほんとにその中を縫う様に、お繰り合わせを頂いておられると言う様な事でも、神ながらなお国替えである事が分かるのと言うてまあお話した事ですけれどね。もうこの日を追うて見るとにとも一言二言じゃないでその神ながらさというものがね。
それが今日の8時にならんと24時間になりませんから、まあ明日が火葬、そして告別式と来るなら、告別式はここのお広前でおかげ頂きたいと言うておりますから皆さんもどうぞご了承。まあ今晩の月次祭に発表したいと思ってますけれどね。私はそのお婆ちゃんが亡くなられたもう78。ですからもうおじいちゃんは益々元気で私はもう、二階にお神様がお祭りしてある。
でこう婆ちゃん達の部屋に粗御霊さんの、いわゆる洗礼はあちらで、下でいたしますから、もう二階へその、おじいちゃんがもうがっかりして上がって来なさらんじゃろうか、と私思いよったら。もう元気で、ちゃんと自分で紋付着けてね、あの、上がって見えて、ほんであの、ほんとに何かあまりにも、その、何と言うですかね。神ながらなお国替えを目の当たりに見ておられるもんですから、有り難いのですよね。
おじいちゃん。ほんとにおかげ頂いておかげ頂いてと言っておられるんです。それがその、まあ東京の娘達が昨日、私共行く時に、最後の娘達夫婦を一緒に行きましたから、東京へ来ればもうそれで、まあ揃う訳で御座いますからね。ほんとは私は今日、御理解を頂こうと思ってこの61節を頂いて、この61節の神より金光大神のというところから、一番最後の所までの所は何時も頂きますけれども、あの神へのお礼ぞ。
これが神になるのぞと言う所をね。そりゃほんとに難儀な問題が御縁のもとになって、三井教会の初代の荒巻弓次郎先生のお取次ぎを頂いて、おかげを頂いて。そして三井教会に御縁を頂いた方なんです。それが偶々私との出会いとなり、そして現在ここでおかげを受けて居られる訳で御座いますけれども。ははぁ私はおばあちゃんこそ神になるのぞという信心を残しておられたんだなぁと云う事ですよ。
子供達の一人一人が皆、手厚い信心を頂いておる。孫達までがその信心を頂いておる。秋永の家の信心の基であり、その秋永の家の信心の、言わば基礎とでも言うか、根を作っただけではなくて、それが子供達にあの様にして、手厚い真の信心をさせておると云う事ですね。だからまあ、是がもう何と言うても、自分が神になれれる、ほんとに神になれれる信心とは是だ。
ほんとに、自分の子供に孫に、良い信心を伝えておくというんじゃなくて、伝わって行くような信心を頂いておったと云う事ですよ。もういい、あんたが参らんならんからと言うのじゃなくてですね、そん為に様々なお婆ちゃんの、自分じゃ気が付かなかったろうけれども、修行のその全てが神になる為の修行であったと云う事が言えますね。ははぁ是なら神になる。是がしかも神へのお礼とは是だと私は思うんですね。
神へのお礼と。これが神になるのぞと。まあ大体いわゆる肉体から御霊様を外して、そして別の御霊やに、御霊を移すという式なんですね。ですからそりゃ神様の方へあの、その事のお届けをさして頂いて、そしてあの御霊様への式に移る訳だけで御座いますが、何時もの御祈念の形をとって、そして私と末永さんと行っとりましたから、御祈念の形をとろうと思てから、あの祝詞座に着きましたらね。正式と云う事を頂くんです。
ほんとに何が一番厳粛と言うてもね、人間がこの世に生まれて来る時と、私共があの世に、言わばお国替えのおかげを頂く時程、厳粛な式はないと云う事ですよね。その厳粛な式を略式ででもする様な事があっちゃならない、と言う訳です。ですからあの私また座り直しましてから、あの何時もの様あの、お月次祭に神様にお礼さして頂く様な形式をとらせて頂いて。その御霊のお国替えの報。
言わば報告なり、是から洗礼をさして貰う事のお届けを、まあさして頂いたんですけれどもね。もう是から何と言うですか、お葬式告別式までには、六回ぐらいのその小さい式があるんですよ。それもだから言って来ました。あの今日はこの程度でいいから、都度都度に、矢張りもう簡単なとか、手を抜く様な事せずにしてさして頂こう、と言うてからね、まあ話した事で御座いますけれども。
成程それを受けなさる御霊様が、もうそげな御霊様じゃないですからね。もう神になるのぞというその修行を精進しておられた、と云う事です。自分でも気が付かない人も気が付きません。むしろお婆ちゃん家のお婆ちゃんは。と言うてもう、おじいちゃんは良か人ばってん、お婆ちゃんが悪かちゅうごたる言い方をするんですよね、子供達が。実際はそうじゃないのだけれども。けれども私は、あの様にしてんなら。
神になる準備が出来ておった。その証拠には、肝心要の子供達が、皆手厚い信心をするじゃないかと。親の熱烈な言わば、人から見るとちっとやり過ぎるぐらいな厳しさを持って、神様に向こうて行くというその信心がです。唯子供達に信心をして貰たい子供達に残しておきたいと言う様な願いがですね、そのまま今からその今考えて見ると、神になる言わば修行であった。信心であったと云う事が言えます。
皆さん神になるのぞとこう仰る。私共はほんとに死にさえすれば誰でも御霊の神になれるのですけれども、神になるのぞというのと御霊の神になるというのは違うです。ですから例えばお取り扱いを受ける。御霊としてのお取り扱いを、魂の世界での私はおかげがです。神格化した御霊としてのおかげを受けられると。人に伝えて行くと云う事は、是はもう勿論自分以外の者なんですけれども。取り分けて自分の子供に、いわゆる子孫の者に的確に真の信心をさせるのがと仰る。
させるのが神への、お礼であると云う事と同時に、自分も神への、お礼と言う様な気持ちじゃなかろうけれども、子供達がおかげ受けんならんからと云う事だけれども、結果においては、神へのお礼になっておるのであり、それが神になるのぞという。神になっておられると云う事をですね、昨日痛感しました。どうぞひとつ皆さんの信心がね。子供達の上にもほんとに、あの真の信心を受け継いでくれる。心をしておかなければならんと云う事をね思います。
そんなわけでまあ、昨日私共一睡もしません一睡も出来ない程に、キッチリした間違いのない時間にですね。さあこりゃ今から帰ったら丁度3時半じゃろうけんでと言った様な事じゃなくて、あちらで終わってさあ発たして頂いて、こちらに帰ったらキッチリ3時半であったと。そういう間違いのない神様の働きの中に、昨日であってもいけん一昨日であってもいけん今日であってもいけない。
矢張り昨日の晩でなからなきゃいけなかったと言う様なかったりとした神様のお取り計らいの中に、お国替えのおかげを受けられた。もう是だけでも神になる稽古の神になるのぞと仰る、そのおかげを受けておられると云う事を私は感じました。今日私その様に福岡へ参りましてその御霊様の式を私がおかげを頂いてから。まあ実感した事は、今ここの神になるのぞ。それが神へのお礼ぞと言う所をです。
そのあちらのお婆ちゃんのお国替えを通して、そんなものを感じました。ひとつおかげを頂いて、お互いも、その神へのお礼ぞと神になるのぞと言う所がです、一番身近な自分の身近な者への信心の継承と言うか。信心の伝達と言うか、そう言う様な物がなされる信心をね、手厚く頂き。そして手厚くそれを自分が受けて、手厚くそれを取次いで行く。残しておくというおかげを頂かなければならんと思うのですね。
どうぞ。